配信日 | 雑誌名 | 号 |
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2023/06/08 | 週刊新潮 | 2023年6月15日号 |
硝子戸の中 (新潮文庫)
ISBN: 4101010153
発売日: 1952/7/22
出版社: 新潮社
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写真撮影、講演、原稿持込、吾輩ハ不機嫌デアルーー。
人生と社会を静かに見つめる、晩年の日常が綴られた随筆39編。
亡くなる前年の大正4(1915)年、朝日新聞における連載。
「漱石山房」の硝子戸の中から外を見渡しても、霜除けをした芭蕉だの、直立した電信柱だののほか、これといって数えたてるほどのものはほとんど視野に入ってこない――。
宿痾の胃潰瘍に悩みつつ次々と名作を世に送りだしていた漱石が、終日書斎に坐し、頭の動くまま気分の変るまま、静かに人生と社会を語った随想集。著者の哲学と人格が深く織りこまれている。ある日、作品のファンだという女性に、自分の身の上を小説に書いてくれと頼まれて……。
用語、時代背景などについての詳細な注解、解説を付す。
本文より
然(しか)し私の頭は時々動く。気分も多少は変る。いくら狭い世界の中でも狭いなりに事件が起って来る。それから小さい私と広い世の中とを隔離しているこの硝子戸の中へ、時々人が入って来る。それが又私に取っては思い掛けない人で、私の思い掛けない事を云ったり為(し)たりする。私は興味に充(み)ちた眼をもってそれ等の人を迎えたり送ったりした事さえある。
私はそんなものを少し書きつづけてみようかと思う。私はそうした種類の文字(もんじ)が、忙がしい人の眼に、どれ程つまらなく映るだろうかと懸念している。……(本書5ページ)
夏目漱石(1867-1916)
1867(慶応3)年、江戸牛込馬場下(現在の新宿区喜久井町)に生れる。帝国大学英文科卒。松山中学、五高等で英語を教え、英国に留学した。留学中は極度の神経症に悩まされたという。帰国後、一高、東大で教鞭をとる。1905(明治38)年、『吾輩は猫である』を発表し大評判となる。翌年には『坊っちゃん』『草枕』など次々と話題作を発表。1907年、東大を辞し、新聞社に入社して創作に専念。『三四郎』『それから』『行人』『こころ』等、日本文学史に輝く数々の傑作を著した。最後の大作『明暗』執筆中に胃潰瘍が悪化し永眠。享年50。