配信日 雑誌名
2023/08/28 週刊東洋経済 2023年9月2日号
2023/09/11 サライ 2023年10月号

もしニーチェがイッカクだったなら? 動物の知能から考えた人間の愚かさ

ISBN: 4760155287

発売日: 2023/6/27

出版社: 柏書房

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 このところ動物とヒトがいかに同じような特性を持っているのかを明らかにする書籍が増えている。それには動物行動学など、さまざまな研究が進み、動物の考えていることや、動物の使うコミュニケーション方法が解明されてきたからなのだろう。

 そこから知性とは何か? これはヒトだけのものなのか、それとも動物にもあるものなのかという疑問も湧いてくる。とりわけ今話題のAIとの関連で、ヒトの知性の存亡があやふやになっている。知性というわかっているようで定義しづらい概念を元に、人間に知性(ニーチェは動物には知性が欠けているといった)があるなら、なぜ無駄な戦争を起こし、道徳を振り回しヒトの行動を縛り付け続けるのかを考えてみたのが本書だ。私たちは知性という曖昧な言葉を使うことで、ヒトと動物を隔ててきた。つまり論理的に動物とヒトを区別できないために曖昧な言葉により、明確な違いに答えることを避けてきたのではないだろうか。

 動物と人間の違いとは一体何なのだろうか。そこで、よく言われるように、動物にはそんなことはできないだろう、劣っているはずだというヒトの思い込みについて考えてみよう。たとえば株の短期売買で熟練の株売買人とネコを比べたら(ネコは銘柄一覧にネズミのおもちゃを落とす方法で挑戦)、資産を増やしたのはネコのほうだった。また、ハトにがん組織の写真を見せたらがんの発見率は放射線医よりも高かった。などなど、ヒトより動物の方がいい結果をもたらすこともある。さらに、動物も見せかけの嘘はつくけれど(擬態、死んだふりや傷ついたふり、さらに類人猿は心の理論をもっている)、ヒトの嘘はもっと巧妙で、騙す相手を信じ込ませその行動をあやつるが、なぜヒトはそこまで騙そうとするのだろうか。

 動物も「死」自体を意識できる(悲嘆する動物は多い)。しかし、自分も死ぬ運命だとは思ってないかもしれない。だとしたら未来予測ができるヒトは死の意味をどのように考える方向に進化してきたのだろうか(類人猿と分化した際にヒトは死について認識した)。しかし、死を意識しすぎると、いまやるべきことに意欲がなくなる。これをどう克服してきたのだろうか。

 動物の集団には餌を食べる順序などのルールがある(不公平を認識できる)。その延長で集団化して生きるヒトの道徳は一体何のためにあるのだろう(ヒトは心の理論を元にした共同から始まり、集団としての規範を作り上げたが、そこから生まれた善悪とはいったいなんなのだろう)。LGBTQはなかなか受け容れられないけれどヒツジの10%は雄同士でくっつくし、雌同士で卵を育てる鳥もいる(動物界には同性愛が多いが、だからといって繁殖数が減っているわけではない)。

 イヌやネコは飼い主に怒られることをしてしまうと、恐怖心から目をそらす。これは意識がある証拠だ。ミツバチにも意識はある。だから課題を与えるとこなすことができる(意図をもって行動できる)。ヒトは未来を予測できるくせに、実際にはそれを理解せず目をつむる。意識や認識力でほかの動物たちにまさっているのにも関わらず、なぜそうなるのだろうか。二酸化炭素の排出をとめなければ気候変動が起こることは誰でもわかっている。でもいま、それをすぐにとめようとしない(まだ大丈夫だろう?)。

 長期的認識が大事なのにも関わらず、私たちの脳の古い部分は太古のまま衝動的行動を促している。もうそろそろヒトも動物の一部だという認識を深めてもいいだろう。でも道徳的にはそれを嫌がるのかもしれないけれど。