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2024/03/28 週刊新潮 2024年4月4日号

遺言。 (新潮新書)

ISBN: 4106107406

発売日: 2017/11/16

出版社: 新潮社

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メディア掲載レビューほか

「自然」と対峙する

いきなりで恐縮だが、私なりに昨年の自分と今日の自分をくらべると、感覚としては少し老けたと感じる。視覚的にも体力的にも、そう違いを実感する。しかし、意識としては、同じ私である──こんなことを確かめてしまったのは、ヒトの「感覚」と「意識」の関わりについて書かれた養老孟司の新刊、『遺言。』を読んだからだ。

感覚を介して観察すれば、「私」は絶えず変化しているのに、なぜか意識は同じだという。養老によれば、意識のもつ「同じだとするはたらき」がそうさせるらしい。感覚は外界の「差異」をとらえて分け、意識は分けない「同一性」を重視する。たとえば、バナナもブドウもリンゴも感覚では別々のものだが、意識は、それらを「クダモノ」と名づけて同じにする。

こんなことができるのは、意識が、感覚を「意味」に変換する「=(イコール)」を獲得したからだと養老は説く。動物にも意識はあるが、ヒトの意識だけが「同じ」という機能を得て、言葉や金や民主主義を生みだしたのだ。かくして、ヒトは世界を意味で満たそうと努め、それを進歩と呼んで文明社会、都市社会を創りあげた。

そして今、日本は少子化に頭を抱えている。東京などの人工的な大都市ほど子どもが生まれないのは、なぜか? 養老は終章で、人々が〈感覚入力を一定に限ってしまい、意味しか扱わず、意識の世界に住み着いている〉ために、子どもという「自然」と対峙する方法を忘れてしまったからだと指摘する。このあたりの文章を読んでタイトルを見返すと、80歳になった養老孟司の抑えた怒りと願いがはっきりと伝わってくる。

評者:長薗安浩

(週刊朝日 掲載)

出版社からのコメント

11月11日に80歳の誕生日を迎える養老先生が、「考える」ことを始めたのは小学4年生の頃でした。以来70年以上、「脳」と「身体」の関係をとことん考え抜き、「今を生きる」ためにどうしたらいいのか、わかりやすく、おもしろく、書き下ろして伝えています。

著者について

一九三七(昭和十二)年、神奈川県鎌倉市生まれ。六二年東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。九五年東京大学医学部教授を退官し、現在東京大学名誉教授。著書に『からだの見方』『形を読む』『唯脳論』『バカの壁』『養老孟司の大言論I〜III』など多数。